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押しの強すぎる友人と押しの弱すぎるぼく

大学に入ってからはほとんど友達ができなかった。こちらから見て人間的な魅力を覚える人も少なからずいたはずだが、そういうタイプの人はたいていぼくにとって「ハードルの高すぎる」相手であり、おそらく向こうはぼくのことなぞ最初から相手にしない、と思った。実際にもやはりそうなのであって、普通に面白い話ができて(けっして受けを狙う面白さではなく)普通に友達作りができて、そういうタイプとはほとんど縁がなかった。
その代わりにぼくの近くに寄ってくる奴は、たいていどこか風変わりな人間ばかりだった。風貌が変、喋り方が変・・・まあ、そんな形容もできるけれど、彼等の共通項は何と言っても「押しの強い」性格だった。自分の好きな音楽やアニメや小説、そんな話を相手の関心度などまったく気にせずにただただ喋りまくるのである。彼等は遠慮というものを全く知らず、自己顕示欲が異常に強かった。
ぼくは気の弱い性格で、せっかく楽しそうに喋っている話の腰を折るのも悪いなとか、そんな相手の話を黙々と聞いていた。おそらく普通の人だったら、ぼくの鈍いリアクションを見れば「ああ、こいつとは話すだけ時間の無駄だな」と察知して去っていくに違いないが、彼等はどうも他人の反応に対して致命的なまでに鈍感らしく、ひたすら聞き手に徹するぼくのことを最上の話し相手だと思っていたのかも知れない。どう考えても話す相手を間違えているのだが、もしぼくが「ごめん、その話には興味ないから」と言ったところで聞く耳を持たなかっただろう。
U君も、その「押しの強い」友達のひとりだった。彼は自分の持っている本やCDをせっせとぼくに「これを読め、これを聞け」と貸し付ける一方、ぼくが同じように貸した本やCDには何の反応も示さなかった。彼は自分の「世界」を一方的に与えるばかりで、他人の「世界」を受け入れる余地をほとんど持っていなかった。今から思えばアスペルガー症候群的な気質があったようにも思う。彼とは一度真剣な言い合いになったことがあるのだが、その時のU君の言いっぷりが

どう考えても俺の言っていることが正しいんだから、もう不毛な口論はやめにしよう。

なのである。このセリフには言葉も出なかった。
大学を卒業してからも、このU君とは友達付き合いがしばらく続いた。ある日、いっしょに入った喫茶店で「これからは英語の会話力をつけておかないとダメだ」と熱っぽく語るので一体どうしんたんだろうと思っていると、数日後にあやしげな睡眠学習の教材を買え買えとメールや電話でしつこく迫ってきた。そのとき、ああもうこいつとはダメだなと思った。
実は、それより2年ほど前に大各時代の別の仲間が浄水器だったか何かのセールスにハマってしまったことをU君がさんざんに罵っていた経緯があり、そのことを考えれば「お前は人のこと言えた立場かよ!」とストレートに突っ込みたくもなったが、押しの強い彼が押し売りに身をやつすというのも当然の末路かなという気もした。ここで何かを言ったところで冷静に聞く相手ではあるまい、と思ってきっぱり彼とは縁を切ることにした。
しかし、彼がぼくの数少ない友人の1人であったことには違いなく、このことをきっかけにぼくはさらに孤独度を深めていくことになったのである。