『たまこまーけっと』の劇中曲について(Hogweed)

先日アップされていた『たまこまーけっと』の音楽プロデューサー・山口優さんのインタビュー記事を読んでみたところ「劇中曲」として紹介されている曲の話が大変気になったので、以前に自分が書いたエントリのことを交えながら、ちょろっと書いてみます。
まずは、インタビューから一部引用します。

インタビュー記事および、事実誤認の訂正

Hogweed「Excerpts from “The Return Of The Drowning Witch”(Part1~Part9)」

――エンディングによくクレジットされている曲ですね。

山口「これはプログレですね。マスターがプログレ好きという設定で、ああいうおどろおどろしい曲なので、お客さんが来たらいろいろ変えるけど、ひとりでいるときはいつもそれ聴いているという設定の曲です」

中村「だからいつもかかっているんですよね(笑)」

――設定のお話とは異なりますが、これはどういう発注だったんでしょうか。

山口「監督、まだお若いじゃないですか。プログレとかあまり知らないだろうと思ってたんですよね。プログレにもいろいろなタイプがあるけど、まずは松前(公高※作曲家)に任せてつくってもらったんですよ。そしたら監督からNGが出た。『このプログレじゃない』って(笑)。わー、わかってた!って(笑)。そこから先は監督の中のプログレ感に合わせていきました。具体的に言えば、作曲や演奏の複雑さを追究した方のプログレじゃなくて、初期クリムゾンとかピンクフロイドみたいな情念系ですね。いまだに監督がなぜそんなの聴いてたんだろうとは思いますけど(笑)」

――マスターがプログレ好きという設定も監督からのものだったということですよね。

中村「『星とピエロ』のマスターがああいう感じの人なんで、人物設定からプログレ好きなキャラクターであろうというところからの発注です。で、プログレの中でもダーク系(笑)」
ニュータイプ4月号連動企画! 「たまこまーけっと」に登場するレコード曲の秘密に迫る - ライブドアニュース

たまこまーけっと』3話まで見た時点で、ぼくは劇中曲について以下のようなことを書いていました。

曲目といえば、毎回エンディングに劇中曲として表示される「Excerpts from “The Return Of The Drowning Witch” (Part1-Part9)」 Hogweedというのが少し気になっています。直訳すると「『溺れる魔女の帰還』(パート1〜パート9)からの抜粋」という変なタイトルですが、

  • 曲名から:Frank Zappa "Drowning Witch"
  • 曲名およびアーティスト名から:Genesis "The return of the giant hogweed"
  • Part云々の表記から:King Crimson "Larks' Tongue In Aspic"のタイトルがついた一連の楽曲

単語単位で検索してみると、上記のような実在の曲名がヒットしたりします。関連する動画を確認してみるとどれもプログレッシブ・ロックのカテゴリーに入るであろう、かなりアクの強い楽曲ばかりで、とても本作品に流れるゆるやかなテイストとは相容れないのですが、曲のネーミングはスタッフの遊び心から生まれたものでしょうか。
『たまこまーけっと』1〜3話の感想 - la banane brûléeの日記

これは大いなる誤認を含んだ記述内容でした。
山口さんが「ひとりでいるときはいつもそれ聴いている」と述べているのを検証してみれば一目瞭然なのですが、Hogweedというアーティストの楽曲「Excerpts from “The Return Of The Drowning Witch” (Part1-Part9)」は、劇中でたまこ達が店に入ってくる前後のシーンのほんの短い時間(長くて1分、短いときは数秒)だけ聞くことができるシロモノなのです。つまりHogweedほかエンディングで「劇中曲」としてアーティスト名および曲名が紹介されている音楽と、それ以外の音楽は、まったく性格が別のもの*1でした(ぼくが「ゆるやかなテイスト」と感じたのは、その他の場面で掛かっている音楽、つまり「劇中曲」ではなく、将来「サウンドトラック」に収録されるであろう曲であり、自分がこれまで「劇中曲」を意識して聞いていなかったことを図らずも露呈する結果となりました。早とちりをしていたようでどうもすみません)。

Hogweedの曲を検証してみた

というわけで、実際に本編を見直して(聞き直して?)みた結果がこちらになります。

  • 1話バージョン:たまこが入店してから、マスターが「いらっしゃい」と応答するまで(約5秒)。
  • 2話バージョン:みどりとデラが入店してから、マスターが「いらっしゃい」と応答するまで(約8秒)。
  • 3話バージョン:店舗内のカット開始から、たまこのセリフ「朝霧さん、私やデラちゃんが迷惑かけてたら、ちゃんと言ってね」の途中まで(約20秒)。
  • 4話バージョン:客のいない店舗内、外では商店街の人々がデラを追い掛け回している(約16秒)。
  • 6話バージョン:みどりとかんなの入店から、みどりがネットで調べてきたイラストを出すところまで(約1分)。
  • 8話バージョン:たまこ・デラ・チョイの入店から、みどりがデラに鳥小屋を差し出すくだりまで(約1分)。

どの話数のバージョンも音量が小さく、ヘッドフォンをかけて注意深く耳を傾けなければさらっと聞き流してしまうレベルです(興味のある方、プログレ方面で耳の肥えている方は一度試してみてはいかがでしょうか)。

ハードなHogweed

2話でかかるバージョンはノイジーな音色、歪んだ音はギターなのかキーボードなのか判りませんが、8話までに流れたバージョンの中では最もハードでロック的なサウンドです。
ぼくはプログレッシブ・ロックのジャンルに詳しくないのですが、Hogweedの2話バージョンに似ているんじゃないか?と思える曲があったので紹介します。プログレの代表的バンドであるKing Crimsonが1973年に発表したアルバム"Larks' Tongues In Aspic(邦題は『太陽と戦慄』)"から冒頭曲"Larks' Tongues in Aspic, Part One"。

パーカッションの長い長い前奏に続いて、3:40辺りからノイジーなギターとドラムによる主題が始まります。この主題パートが2話バージョンのヒントになっているように思います。

マイルドなHogweed

2話以外のバージョンは、ストリングス系の音が目立つ(やや不穏な和音を含んでいるものの)おだやかな曲調だと思います。ストリングスの音色は「プログレ」との言及から推測すればやはりメロトロンかと思いつつも、生のヴァイオリンのようにも聞こえます。
というわけで、Hogweedのマイルドバージョンに近いかも知れない曲として、King Crimsonの"Larks' Tongues In Aspic”からもう1曲、メロトロンとヴァイオリンの両方が味わえるナンバー"Exiles"をライブ・バージョンでどうぞ。

1:56辺りから、たおやかなヴァイオリンのフレーズが堪能できます(そのバックに鳴っている分厚いストリングス系の和音がメロトロンによるものです)。

1話と2話の劇中描写について

たまこ(みどり)が入店するとそれまで流していた曲をストップします。マスターはここで(ほんの一瞬だけ)The Isley Brothersのレコード(アルバム"Brother, Brother, Brother")をちらっとジャケットから覗かせるのですが、プレイヤーにかけませんでした。
たぶん「個人的な趣味丸出しのHogweedはさすがNGとして、アイズレーはどうだろうか・・・いや、この子たちにはちょっと大人っぽすぎるかも知れない」との躊躇があったのでしょうね。劇中曲について「プログレ」という色合いが見えてくると、ごく短い描写にもマスターの思案が窺えます。その後、別のレコードをプレイヤーにかけるまでのマスターの心情を想像してみるのも楽しいですね。

6話と8話における劇中曲の扱い

しかし、6話と8話におけるHogweedの曲は1〜3話に比べると長く流されています。友達が来店するまでの間、女子高生たちの耳にしっかり入っているであろうこと推測できます。この点では山口さんの発言「お客さんが来たらいろいろ変える」からややずれています。これはどういう意味を持つのでしょう。
ひょっとすると、マスターは「プログレのHogweedであっても、割と落ち着いた曲調のトラックならそのまま流してもいいんじゃないか」と判断したのかも知れません。
あるいは「女子高生は自分たちのおしゃべりに夢中だから音楽には耳が向いていない、だから自分の趣味の曲をそのままかけていても大丈夫」と踏んだ線も考えられます。6話と8話では女子高生3名、デラもよく喋りますから合わせて計4名が来店しています。3話までの店内は「喧騒から離れてゆっくりと落ち着ける場所」だったのが6話以降は「客同士が遠慮なく賑やかにおしゃべりする場所」に性格が変わっている点も要注目です。マスターは来店した客が店内をどういう風に使うかを常に推し量った上で選曲しているんだと思います(もっとも6話のように選曲が不興を買うケースもありますが)。
ともあれ、Hogweedの曲は順次発売されるBD&DVDの特典ディスクにいずれ収録されるでしょうし、そこでは本編でほんの一部しか聞けなかった曲の全貌が明らかになっていくと思うので、今から期待しています。

その他プログレ

以前のエントリでも触れた曲ですが、"Hogweed"がタイトルに含まれている曲として、Genesisが1971年に発表したアルバム"Nursery Cryme"に収録の "The return of the giant hogweed"の演奏映像を見つけたので、参考までに引用します。

ギターのタッピング奏法から始まって、激しいパートもあれば静かなパートもあり、個人的にはメリハリがあってけっこう聴きやすいロックナンバーだと思うのですが、およそプログレをはじめ古い洋楽ロック全般に縁のないであろう女子高生の集うシチュエーションにはまったくもって似つかわしくない音楽ですね。
こちらは、比較的ゆったりした感じのプログレ系ナンバー。

1970年にリリースされた、Soft Machine*2のサード・アルバム、その名も"Third"より"Moon In June"。最近ネットで見つけたのですが、この曲なんかは「星とピエロ」の店内でさりげなくかかっていそうな雰囲気です。このYouTube映像は9分ほどですが、スタジオ盤では20分近くかけて演奏されています。マスターはお客さんの来ていない時間を見つけてこのアルバムをじっくり聴きこんでいるかも知れません。
ところで、雑誌Newtype4月号の付録「うさぎ山商店街だより」において、Hogweedは「アメリカで78年に結成されたプログレッシブ・ロック・バンド」と紹介されています。キング・クリムゾンピンク・フロイドが活動を始めた時期からは10年くらいずれているようですが、彼らに影響を受けた後発組というポジションでしょうか。

Lark's Tongues In Aspic: 40th Anniversary Series

Lark's Tongues In Aspic: 40th Anniversary Series

Third (Bonus CD)

Third (Bonus CD)

*1:けいおんシリーズでいえば「放課後ティータイム」の楽曲とサウンドトラック収録曲との違いですね。

*2:このSoft Machineというバンドは、プログレッシブ・ロックという形容がふさわしいのかどうか判りません。ジャズ・ロックと形容される時期もあり、フュージョンに近い時期もあり、所属メンバーやその志向から音楽性はいろいろと変わっているようです。念のため。