映画『風立ちぬ』を見た。

以下、メモ的に印象や気になった点など。

主人公の声について

庵野秀明さん(主人公・堀越二郎役)の声に違和感を覚えた人もいるでしょうか。確かにキャラクターの外見と比較すれば老けた声に感じたけれど、感情の起伏の少ないところが作品のテイストに合っていて却ってよかったと思います。
作品のテイストというか、主人公のひょうひょうとしたマイペースな佇まいがしっくりきたというか。仮に、もっと若くて溌剌とした声が当てられていたら、周囲の何もかもを放って仕事に没頭する姿に対する印象が変わっていたでしょうね。庵野さんの声を聞くと「ああ、こういう天然な性格だったのね」と納得できる印象でした。

主人公の人物造形について

堀越二郎という人については「ゼロ戦の設計者」くらいの知識しか持っていないです。この映画においてはキャラクターが実物からかなり改変されているのかもしれませんが、堀辰雄の小説『風立ちぬ』や『菜穂子』の要素を織り交ぜた作品構成になっているという予備知識があれば、目くじらを立てるほどでもないでしょう。
映画『風立ちぬ』のヒロインが「菜穂子」である理由 | 冷泉彰彦 | コラム&ブログ | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト
ぼくは、映画鑑賞前に上のエントリを読んで、それからKindle版の『風立ちぬ』と『菜穂子』を入手しました。
2作品のうち『風立ちぬ』はさほど長くない小説なのでサクッと読めますね。主人公(語り手)男性の視点、結核に冒されたパートナーとの関係性、山中にあるサナトリウム(療養所)の描写など、一読して(漠然とでも内容を頭に入れて)から映画を見ると、割と作品世界が馴染みやすくなると思います。
映画『風立ちぬ』の主人公は仕事を抱えた多忙な人なので、小説版のようにパートナーに付ききりというわけにはいきませんが、たとえ短い時間でも愛する女性との時間を大切にしようとする主人公の思いは、可能な限りキャラクターの中に盛り込まれているのではないでしょうか。

戦争に対する見方

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上記サイトで配布しているPDFを読めば分かるとおり、監督・宮崎駿さんの反戦スタンスは明確です。
さて、この映画においてどうかといえば、実際の戦争描写こそ出てこないものの、ラスト近くに見られる戦闘機の残骸描写、ゼロ戦は一機も戻って来なかったという主人公のセリフなど、控えめではありますが戦争に対する批判的な見方は窺えます。また、堀越二郎たち若手社員の有志研究会においては「機関銃を積まなければもっと機体が軽くなる」という冗談交じりの発言が出てきますし、夢の中に出てくるイタリア人技師は本来爆薬を積むはずの戦闘機に一般人の乗客を乗せて遊覧を楽しんでいます。
映画の堀越二郎は仕事として戦闘機設計に関わるものの「彼が理想としていたのは、本当に作りたかったのは戦闘機じゃないよ」というのが作品のメッセージかなと思いましたが、それだけではないんですね。先に述べた戦闘機の残骸、夢のように現れる菜穂子など「自分が直接手を下したわけではないにせよ、結果として自分が彼らを死に追いやってしまった」という内省的な姿勢も感じられました。
また、戦争とは直接関係ありませんが、同僚との語らいで「飛行機の取り付け金具を買う金で国内の貧しい子供たちの食費がまかなえる、それでも自分は飛行機設計のほうを選ぶんだ」との発言*1がありますし、多くの犠牲の上で自分たちは仕事をしているんだという自覚が見られるところも印象的でした。
まあ、終盤の夢見心地なシークエンスで堀越二郎、ひいては日本という国家が戦争に関わったことをしっかり批判したことになっているのか、といえばちょっと微妙なところですが、宮崎さんほか制作陣は人々の死を直接描くことよりも映像としての美しさを優先させたかったのではないでしょうか。
そのあたり、自分の追い求めるものを最優先に動いた映画の主人公と宮崎駿をオーバラップして描いているんだ・・・といえばかなり甘い評価かも知れませんが、映画の中で言いたかったのは戦争のことだけではなくて「自分が理想を追い求めることによって、却って人を犠牲にしてしまう」という部分を「大局的には戦争、もっと小さいところでは自分と家族の関わり」といった具合に、いろんな形によって作品の中で見せようとしたのではないかと思います。

その他

単純素朴な言い方になりますが、とても綺麗な映像の作品でした。
不意に起こった風で、帽子が飛ぶ、パラソルが飛ぶ、紙飛行機が飛ぶ、といったシークエンスの共通性もいいですね。おそらく作品タイトル『風立ちぬ』の「風」を念頭に置いた描写だと思いますが、風が起こることで人物たちが動き、そこで若い男女の恋も芽生えると、なかなかロマンチックな趣向でした。
主人公の妹などは成人後も「いかにもジブリ作品らしい」少女キャラクターのデザインに見えますし、夢の遊覧飛行機が出てくるパートは過去作品いくつかを思い起こすところですが、今回の作品は総じて大人の話がメインですね。そういう意味で庵野秀明さんの「老けた声」を使ったのは良かったと思います。

*1:この部分は、堀越二郎の発言か同僚の発言か、ハッキリと覚えていません。ごめんなさい。