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『氷菓』17話について。

以下、メモ的に。

  • 原作3冊目『クドリャフカの順番』編の最終話。
  • 前回で盗難事件(十文字事件)にスポットが当たったものの、その犯人探しは添え物程度の扱いで、見どころはキャラクターそれぞれの行動とその背景。
  • 今回17話のキーワードとなるのは「期待」です。

河内さんと「期待」

  • 例の渡り廊下、河内さんは摩耶花から手渡された漫画「夕べには骸に」を読む気はないと言う。
  • 友達(安城さん)の作品を読んで「次も期待してるね!」とは言えない、らしい。
  • たぶん、これはモチベーションの問題だろう。
  • 漫研に所属せず、漫画制作未経験だった安城さんの実力が、仮に自分を上回っているとすれば「これまで漫研で活動してきた自分の3年間はいったい何だったのか?」という気持ちに襲われて作品づくりへのモチベーションを失うかもしれない、河内さんはそれを一番恐れているのではなかろうか。
  • 友達に期待することと、自分の自信を失うこと。この2つが河内さんの中でリンクしていたのかも知れない。

田名部さんが「期待」していたもの

  • ホータローは盗難事件の犯人を田名部さん(総務委員長)だと今回あっさりと見破るわけですが、その経緯は割愛。
  • 田名部さんと陸山さん(生徒会長)と安城さんは「夕べには骸に」の共同制作者。
  • 作画担当の陸山さんと比べると、田名部さんは自分の実力が遠く及ばないこともあって、昨年に続いて漫画制作で陸山さんに期待をかけていた。
  • 田名部さんにとって「友達に期待すること」の前提として「自分の限界を悟って諦念すること」がある模様。
  • しかし、陸山さんからは漫画を書くモチベーションが既に失われていたわけで、そこを何とか振り向かせようとして画策したのが十文字事件であった。
  • 文化祭の閉会式では、陸山さんが田名部さんのほうを振り返って「おつかれ」と声をかけるが、田名部さんの真意には気づかずじまいだったか。
  • ともあれ、多才で女子にモテそうな雰囲気の陸山さんと比較的地味な風貌の田名部さん。いわば「天才肌と努力家」の違いがキャラクターデザインにも現れていて面白かった。

里志にとっての「期待」とは?

  • 前回16話で「期待してるよ、ホータロー」とつぶやいたくだりから分かるように、犯人を二度も取り逃がした経緯から否が応でもホータローのスキルに期待をかけざるを得ないのが里志の立場。
  • これは、友達との実力差を痛感した田名部さんの立場と相通づるところ(両者の共通点を見せるために、アニメ版では里志がホータローと田名部さんの会話を聞いていた脚本にしたのだろう)。
  • 田名部さんサイドとは違い、期待をかけられたホータローのほうから里志に共闘のオファーがあった模様。

  • 自分の限界を悟ってホータローのサポート役に回ることは、実際のところ里志にとってあまり気分のいいものではなかったようで。
  • とはいえ、終盤のくだりを見ているとさほど根に持っている風でもなく、里志は気持ちの切り替えが早いほうだと思う。

入須先輩の考える「期待」とは?

  • 入須先輩が千反田さんに対して使っていた「期待」は、先述と異なったニュアンス。
  • 14話でも使われていたキーワード「期待」は下記のとおり。千反田さんに「頼みごとの秘訣」を伝授するくだり。

「お前がいますぐにでも使えそうな、初歩的なのは『期待』だろう。いいか。相手に『自分に頼る他にこいつには方法がない』と思わせることだ。自分が唯一無二の期待をかけられている、と感じた人間は、実に簡単に尽くしてくれる。(中略)相手に期待するんだ。ふりだけでいい」
米澤穂信クドリャフカの順番』文庫本149ページより引用)

  • 相手に期待している「ふり」をするパフォーマンス・・・これはたぶん千反田さんが苦手とする分野で、今回の校内放送でも「自分の意図しない部分=地」が出てしまったのを入須先輩はしっかり見ていたのだろう。
  • 入須先輩が考えていたのは、相手を動かすために自分の感情とは異なる言動をすること。例えば、本当はそんなに怒っていなくても「何やってんだ、早くしろ!」と語気を強めて言うと相手を急かせる効果があるとか。実際にそういう心理操作に長けた人もいるけど、誰もが簡単にできる戦術というわけでもないし。

  • 入須先輩から見れば、千反田さんの挙動は「甘えている」ように見えるとのこと。
  • これはノンバーバルコミュニケーションというか、ホータローをはじめとして相手にグッと寄っていく癖など、自分の(言葉ではない)立ち振舞やジェスチャーの部分を相手がどのようなニュアンスで受け取っているかについて、千反田さんは割と無頓着なんですね。
  • こと相手が男子だと「俺に惚れてるんやろか・・・いやいやそういう作戦やろか?」などと勘ぐってしまう可能性も大だし、入須先輩は(異性に依頼しろと先に提案したものの)相手の反応を読み切れない千反田さんが「素の部分」と「戦略的パフォーマンス」の区別がつかないまま突っ走ることを危うく感じた模様。

供恵も「期待」していた?

  • 17話には登場しなかったけれど、物語進行においてキーとなる「夕べには骸に」を差し出すなど、ホータローの姉・供恵は重要なポジションだった。
  • もしかすると供恵は「十文字事件」の黒幕で、田名部さんほか昨年の漫画制作チームをそそのかしていた・・・という可能性もあるけど「わらしべプロトコル」が示唆する偶然性の面白さがこの作品のポイントだと思うので、すべての意図を供恵に結びつけるのはやや不自然かな。
  • ただ、里志や田名部さん的な文脈の「期待」とは少し違うけれど、自分が高校時代にやりたかったけどやれなかったことをホータローたちの世代に託してみる意図、5人目の古典部員としてこっそり楽しんでみようという意図はあったと思う(この点は古典部シリーズ1冊目『氷菓』においても考えられるところ)。

その他

  • 入須先輩が『愚者のエンドロール』編で言及していた話、どんなに努力してもレギュラーになれない補欠と、勝利して「運が良かっただけ」と答えた天才の話。里志とホータロー、田名部さんと陸山さんの関係を見ていると、ふと思い出した。
  • 『愚者〜』では天才側の挙動が問題になっていたが、この『クドリャフカ〜』では補欠側の挙動や心理にスポットが当たっていた。どうしようもない実力差を見せつけられた人間がその後どのように立ち回るか、そのキーワードが「期待」。
  • 一連のエピソードで一番注目できたキャラクターは里志ですね。自分は結論を出せないデータベースだと自覚していたはずなのに、祭りの熱気に当てられたのか身の程知らずな挙動に出てしまう、そこにホータローへの嫉妬や自分への苛立ちやら、ふと見せる表情からいろいろと伺えて面白かった。
  • いろいろと挫折感を味わった経緯など、摩耶花も里志に近い立ち位置だと思う。一方のホータローや千反田さんは自分自身が見えているんだか見えていないんだか。
  • 『愚者〜』と同じく、名前は出てくるけど一度も姿を現さない人物(安城さん)の配置も古典部シリーズらしいところか(原作5冊目にもそういう趣向があるので)。

クドリャフカの順番 (角川文庫)

クドリャフカの順番 (角川文庫)