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あずキャッとく・カメラ(澪が断念したもの)

映画『けいおん!』における一連の「あずキャッとく」について、つらつらと風呂場で考えておりました。この言葉は、梓のあだ名「あずにゃん」をもじった駄洒落でありますが、それだけに留まらない意味合いが込められているのではないかと云々。
これまでの鑑賞から引き出した拙い記憶による考察なので、もしかしたら事実誤認があるかも知れません、指摘していただければ幸いです。

一連の「あずキャッとく」が出てくる場面

  1. 旅行1日目の夕方、梓がカムデンで新しい靴を買った直後買う少し前、唯がカバンからカメラを取り出そうとした際に紬が「これ、あずキャッとくね」
  2. 旅行2日目、ロンドン・アイのゴンドラ内で澪がカバンからカメラを取り出そうとした際に律が「これ、あずキャッとくね」
  3. 同じく2日目、市場で澪が紬にカメラを手渡しながら「これ、あずキャッといて」

ぼくの記憶が確かなら、すべての場面でカメラが介在しています。

カメラといえば、真っ先に思い浮かぶキャラクターは澪ですね

TV版1期オープニングのキャラクター紹介カットで示されているとおり、常日頃からカメラを持ち歩いているようです。で、先に挙げた場面から見えるのは「撮影行為の断念」だと思うんですね。また、最後のシークエンスで澪が自分からカメラを手放したところがポイントじゃないかな。

澪のスタンス変化に補助線を設けるなら

2期後半エンディング歌詞の「思い出なんか要らないよ」が最適でしょうか。思い出づくりよりも今を懸命に楽しもうよ、というスタンスがここで端的に示されています(もっとも、このスタンスは劇中の澪ではなく、彼女の自意識や願望を反映させたものだと思いますが)。

撮影という行為自体が面白い

別に澪以外の子が写真撮影に興味がないわけではないけど、ちょっと違うなと思ったのが映画の前半

旅行先決めの場面。唯の顔には、八百長のペナルティとして「ヨーロッパ&変顔」の紙が張られている。そこですかさず澪がカメラを向けてパシャ。程なく一同が吹き出す。

みんなにとってカメラに撮られた唯の顔(過去)じゃなくて、唯の顔をカメラに撮る行為(現在)が、面白さを感じるポイントだったのではないでしょうか。ロンドン到着後のタクシー乗り場では

唯「ロンドンの空!(パシャ)ロンドンのタクシー!(パシャ)ロンドンの英語!(パシャ)ロンドンにいる・・・私たち!(パシャ)」

この場面においても、唯が「撮影したもの(過去)ではなく撮影行為自体(現在)を面白がる」スタンスを見ることができます(蛇足ながら似たようなことは、2期23話のレコーディング場面にも言えるのですが)。

で、話を戻します

澪がカメラに執着するのは「みんなから一歩退いたところに自分の居場所をおいておきたい」という心境の現れだと思います。一連の「あずキャッとく」は、そうした従来の立ち位置から澪が少しずつ動き出したこと(コミット対象を過去から現在にシフトする)を示しているのでしょう。その心境変化を具体的なセリフでやれば陳腐になるところを、非常にさりげないやりとりの反復で、しかも分かりやすい駄洒落のオブラートに包んで見せる演出の奥ゆかしさに驚かされました。
TV版2期以降は、唯と梓の関係性がフィーチャーされたこともあっていくぶん影の薄くなった澪ですが、ちょっとした劇中描写や、エンディングの趣向に着目すると、意外と面白い部分が見えてきそうです。

2/5追記

  • 劇中描写についての記述に間違いがあったので訂正しました。1回目の「あずキャッとく」は梓が靴を買う前で、唯が「ギー太と記念写真を撮る」ためにカメラを取り出そうとして取り出せなかったのでした(この描写には別の意味で面白いのですが)。
  • それと、本日観賞後の印象としては、一連の「あずキャッとく」描写から「澪の撮影断念」を導き出すのはやや強引かなという気もしました。3回目の「あずキャッとく」の際に、澪が何かを撮ろうとして止めた雰囲気は感じられなかったので。自分の思い込みだったかも知れません。
  • 蛇足ながら「あずキャッとく」の発案者は、りっちゃんだと思います。唯の「あずキャット」発言が出た後、機内でケータイを使ってた描写があるので、あの時みんなに「これ流行らせようぜ」とかメールを送っていたんじゃないかな。また、1回目の「あずキャッとく」を自分から言い出さないところが深謀遠慮だなとか、これもまあ確たる証拠のない思い込みなんですが。