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映画『うさぎドロップ』を見た。

公開初日。この実写映画版にはとくに期待していたわけではないけれど、原作コミック・アニメ版との比較を兼ねての鑑賞です。
以下にメモ的な感想を。
キャスティングについては、思ったほど違和感はありませんでした。
りん役の芦田愛菜ちゃんは文句なしに可愛かった。大吉役の松山ケンイチさんは若くて男前すぎてどうかなと心配もありましたが、原作の大吉が年の割に老けたオッサン顔(アニメ版の声も老けている)なので実写で見るにはこれくらいが丁度いいのかも知れません。
原作&アニメでは清楚な佇まいのコウキママがヤンママ風・・・との前評判も聞いていましたが、実際に見てみるとまあ、こういうのもアリじゃないかと。勢いで「大吉!」と呼び捨てにしてしまうくだりもまあ良し。ただ、大吉が彼女と出会う前に出てくる妄想シークエンスは大袈裟すぎたかな。また、母親に対して、コウキのやんちゃ坊主な印象はほとんどなし。
原作では大吉と同世代の子持ちとして登場する従姉妹・春子の代わりに大吉の妹・カズミが保育士として「子供に理解のある」ポジションを担っています。これはこれで良かった。原作でも出番の少ないカズミがわがまま放題の性格を発散したらかえって悪目立ちした可能性もありますね。
いちばんしっくりきたのは、後藤さんと出荷チームのパパさん連中。
劇中エピソードについて。
各々のエピソードが端折り気味になってしまうのは仕方ないと思いますが、大吉が正子さん(りんの実母)と出会うくだりがサラッと流された感じだったのは残念。
まあ、原作の中で正子さんは扱いが難しいキャラクターというか、大吉から見れば(りんを見捨てた)無責任な女性ですし、仕事に追われていつもカリカリしている印象もあります。さきのカズミと重なるのですが、映画スタッフとしては、出番の少ないキャラクターに悪い印象でまとめてしまうことに躊躇があったのかも知れません。成長したりんの姿を見て動揺する場面もオリジナルで付加されていますし。
映画の終盤には、りんとコウキが「行方不明」になるオリジナルエピソードが盛り込まれています。個人的には、この演出がどうも取って付けたような感動ストーリーのようで好きになれませんでした。もともと『うさぎドロップ』はドラマチックな展開で読者を感動させるタイプの話ではないので、違和感が強かったですね。
ただ、映画の中で「親と子の絆」的なものを(誰が見ても分かる形で)フィーチャーしようとしたら、やっぱりこのような演出になってしまうのかな、とも思います。オリジナルエピソードといえば、親戚の知り合いがりんを引き取ろうとして大吉と口論になる場面もありましたが、あれも観客への「分かりやすさ」を狙った演出だと思います。
個人的には、原作4巻の後半に出てくる親御さんたちの会話シーン、20代から子育てやっている人たちと、30になって急に子育てを始めた大吉との認識ギャップ、ああいう部分を盛り込んでもらいたかったです。でも、淡々として起伏に乏しいエピソードばかりだと一般受けしないのでしょうね。
これは他の作品にも言えることですが、ぼくは「原作を改変しているからダメな映画だ」的な批判はしたくないんですね、原作とまるっきり同じことをするのならそもそも最初から映画版を作らなくていい。原作・アニメ・実写映画はそれぞれ別物として楽しんだほうが消費する側としては気が楽なんじゃないかと思います。
とはいえ、最初に原作に触れてしまうとどうしてもその印象を手がかりにあら探しをしたくなるのも否めないところで、原作ベースの映画を見るのはなかなか難しい。原作を読んでいなくてこの映画に興味を持たれた方は、予備知識や先入観のない状態で見に行ったほうがいいと思います。

うさぎドロップ (4) (Feelコミックス)

うさぎドロップ (4) (Feelコミックス)