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『四畳半神話大系』最終話を見た。

とうとう最終回、待ち遠しいような寂しいような最終回は、小津の欄干落ちあり、主人公の全裸ダッシュあり、明石さんの「ぎょえええ!」ありで、見せ場のてんこ盛りでした。ちょっとキメのシーンが多すぎて集中力を削がれた気分もないではないけど、衣服を脱ぎ捨てて(というか剥ぎ取って)小津のほうへ駆け出していく主人公のカットが無駄に神々しくて(なんでそこで『走れメロス』やねん?)ちょっと泣きそうになったりもしました。
原作では、小津が橋の欄干から落ちるくだりや、明石さんと「私」の恋が成就するほのめかしが、あちこちに出てくるんですが、アニメでは最後の最後まで封印されていて、この演出はなかなかお見事。四畳半地獄から抜け出してきた主人公の眼前に広がる光景の祝祭的ムード、目に入るもの全てが愛おしく見えてくる瞬間の数々、いいなあ。ベタかも知れないけど泣けるわ。
このアニメを見ていると、自然と自分の大学生時代を思い出してしまって、樋口師匠、小津、城ヶ崎先輩、各々のキャラクターに自分の親しかった人を当てはめてみたりします。そういえば、明石さん風の女の子っていたかなあ。まあ、強いていえば・・・ちょっと風変わりな子がいて、学校のキャンパスでは普通に誰とでも話すんだけど、いったん学校の外(デパートとか駅のホームとか)でばったり会うと決まって知らん顔をされた経験がある。ありゃいったい何だったんだろう。周囲は「あの子はまあ何というか、ああいうキャラだしねえ・・・」と何となく曖昧に納得してようだけど、ぼくは勝手に「あれは一種のストイシズムであろう」とか訳のわからん納得をしていた。そんな気がする。まあ、どこの世界にも似たようなキャラの人っているよね・・・とありきたりな総括で最終的な納得をしてみる。
この『四畳半神話大系』を見始めたときは「絵もストーリーも綺麗にまとまりすぎていてちょっと物足りないなあ」と思っていたのですが、見続けていくうちに段々とキャラクターへの愛着が湧いてきました。自分の中の記憶が作用しているせいか、あるいは地元の京都が舞台であるせいか、はたまた閉じた世界ゆえの心地よさを感じ取ったせいか*1。ブルーレイの発売は『けいおん!!』よりこちらのほうが楽しみ。

*1:クラフト・エヴィング商会の写真付き小説とか、イッセー尾形主演の映画『トニー滝谷』とか、きっちり計算されていて閉じられた世界の話には、安心感があって好きです。