『けいおん!!』第8話を見た。

今回は進路編。内容的には原作コミックの流れに忠実で、そこに多少の脚色をつけた感じの展開でした。澪の恥ずかしいエピソード(小学生時代の作文発表)は、第7話に出てきてもおかしくないんだけど、尺の都合で入り切らなかった部分なのかな。
冒頭、幼稚園の遊び場に出てくる亀、古文の助動詞を覚える替え歌、おなじみの階段手すりのオブジェ、そして部室のトンちゃん。今回は「亀」のモチーフが何度となく出てくるわけで、おそらくこれは進路のなかなか決まらない唯の暗喩になっているのでしょうな。まあ、歩みはのろいけれど、唯ちゃんは一歩一歩確実に前へ進んでますよということ?
とはいえ、唯は試験勉強にせよ、ギターの練習にせよ、ほとんど一夜漬けみたいな感じで一気にやり遂げてしまうウサギ的な部分もあるので、客観的には歩みがのろいのか速いのかハッキリしませんね。大器晩成的な亀のイメージとはちょっと違うかもな。
丁寧な人物考察で定評のあるたまごまごさんのエントリーより以下引用。

幼稚園でコケるシーン。
これ見て、「けいおん!」一期の最初のシーンを思い出した人も多いかと思います。
なんだかんだで、基本的にはどんくさい、マイペース。

最初見たとき「うーん、亀?」と首をかしげはしたんですよね、実は。
というのも、唯ってなんだかんだで相当な努力家(努力を努力と思っていない)で、別に単にどんくさいわけじゃないからです。

しかし、逆の方向で考えてみました。
「うさぎとかめ」の亀って、努力家なんですよね。
ああそうか。唯は「グズでドジでのろまな亀」じゃなくて、「こつこつ自分のペースで前に進める亀」なんだ。
今まで通ってきた道、これから通る道「けいおん!!」第八話 その1 - たまごまごごはん

ああそうか・・・自分のペース(=マイペース)と考えれば納得できるかも。それが時にはのろまに感じられることもあるという話で。
ところでマイペースといえば、唯はいつも自分なりの勘や方法論に頼るタイプですが、その勘や方法論がいつも必要に応じてささっと活用できるようにはなってない。今回は(本当は覚えているはずの)古文の助動詞が、ムギちゃんが替え歌で助け船を出してくれないと出てこない。決して、勉強の記憶そのものを忘れてしまったのではないんだけれど、どの引き出しにしまったのかを忘れている感じですね(両手を前方に出して何かを引っかき回しているジェスチャーはまさに「引き出し」が分からなくなっている状態を示している)。実はぼくも記憶の整理整頓がなかなかできない性質なので、けっこう共感できました。あと、助動詞を覚えていてもその使い方が分からないのは、第6回のギターのチューニングで出てきた絶対音階と同じく、宝の持ち腐れだわ。
さて、進路の調査票に「ミュージシャン」と書いた唯と律に対して、担任のさわちゃんは「却下!」と門前払いをするんですが、その後でフッと微笑みを浮かべるんですね。あれって、たぶん昔の自分を見ているような気になったんじゃないかなと思います。
おそらく、高校時代のさわちゃんは今の唯たち以上に音楽活動に熱を上げていただろうし、かなり本気に「いずれはプロの道に!」などと考えていたとしても不思議ではない。それを見た担任の先生から「あんたいつまで夢みたいなこと考えてんの?」と諭されたに違いない。さわちゃんにとってかつての自分が唯、ということは逆に考えると、唯にとって一番近い存在の「大人」ってさわちゃんなんですよ。
というわけで、彼女にはいろいろと紆余曲折はあれどもゆくゆくは大学で教員免許とって先生になって、桜高軽音部の顧問としてさわちゃんの後釜に・・・というのがぼくの想像なんですが(ああ『けいおん!!』を見ているといくらでも想像力がたくましくなるなあ)。でも、学校の先生にぴったりのキャラクターといえば和ちゃんのほうですけどね。
あと、進路調査票といえば、唯は最後のほうで「とにかく一生懸命がんばります」と半ば投げやりなことを書いて提出するんですけど、その調査票の文面を一時停止モードで確認すると「看護婦」とか「バドミントンの選手」とか、思いつきで書いたであろうものが消しゴムで消し忘れて中途半端に残っているんですね。このあたりは、演出の芸が細かいと褒めるべきなのか、ほんまにコイツ何にも考えてへんなあと呆れるべきなのか、ともあれ愛すべき天然ドジッ娘ですな(笑)。