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『幕末太陽傳』

数ヶ月前に録画していたものを見ました。ふだんテレビを見る習慣がなくて、映画のように2時間近くのプログラムをじっくり見続ける堪え性がないこともあって、ずんずん先延ばしにしていたんですが。1957年作品、監督は川島雄三、主演がフランキー堺
古典落語の『居残り左平次』や『三枚起請』が元ネタになっているようです。実をいうとぼくはこれらの落語を実際に聞いたことがなくて、講談社学術文庫で読んだ記憶があるくらいなんですが、落語的な軽妙さは主役の左平次に扮するフランキー堺の立ち振る舞いから充分に味わえると思います。いいかげんな性格でアホばかりやってると思われた人物が意外と強かで抜け目ないとか、町人側の視点から武士階級をカリカチュアライズするとか、これは古典落語の基本パターンみたいですね。

古典落語 (講談社学術文庫)

古典落語 (講談社学術文庫)

ところで、本作のラストシーンについては代案もあったらしい。

このラストシーンは、脚本段階では、佐平次は海沿いの道ではなく、杢兵衛に背中を向けて走り始めると墓場のセットが組まれているスタジオを突き抜け、更にスタジオの扉を開けて現代(昭和32年)の街並みをどこまでも走り去っていくものであった。佐平次が走り去っていく街並みはいつかタイトルバックに登場した北品川の風景になり、その至るところに映画の登場人物たちが現代の格好をして佇み、ただ佐平次だけがちょんまげ姿で走り去っていくというものだったという。
これは川島がかねてから抱いていた逃避願望や、それとは相反する形での佐平次に託した力強さが、時代を突き抜けていくというダイナミックなシーンになるはずだったが、現場のスタッフ、キャストからもあまりに斬新すぎると反対の声が飛び出した。川島が自らの理想像とまで見なしていた佐平次役のフランキー堺まで反対に回り、結局川島は現場の声に従わざるを得なかった。
幕末太陽傳 - Wikipedia

時代背景が幕末から現代まで飛んでしまう演出といえば、岡本喜八監督の『ジャズ大名』でそういうところがあったかな、たしか、最後のほうでラーメン屋の出前に扮したタモリが出てくるとか、そういう場面があったのをおぼろげながら覚えています。
この映画では、冒頭に現代(当時)の品川付近を写す描写が出てくるので、それを効果的に活かすなら是非とも幕末から現代に突き抜けていく流れにしてほしかったなあと思うし、どう考えても取って付けたようなラストシーン、左平次の持病(結核?)とか異人館の放火事件とかそのあたりがしっかり伏線として機能していない点など、不満がどうしても残ります。まあ、古典落語の実写映像化としてはうまく行っているのかも知れません。
上記ウィキペディアからもう一度引用。

なお、この幻ラストの方は、後に様々な映画人によって、意識的、無意識的に踏襲されている。今村は自身のドキュメンタリー映画「人間蒸発」でラストシーンの部屋がセットだという事を観客に明かし、映画とドキュメントと現実社会の境界の曖昧さを問い掛けた。川島と同郷である寺山修司は、恐山を舞台にした『田園に死す』のラストで、東北の旧家のセットが崩壊すると、その後ろから1970年代の新宿駅東口交差点が現われるという衝撃的な映像を作り上げた。崩壊したセットの周囲を現代人となった映画の登場人物たちが往来するなど、明らかに川島の影響をうかがわせる。
また、アニメーター・映画監督の庵野秀明が『新世紀エヴァンゲリオン』制作中に「幕末太陽傳をやりたかった」とたびたび語っていたことも有名な話である。テレビ版最終回で実写のスチル映像が紛れ込んだり、「もう一つの可能性」と称してまったく雰囲気の異なる学園ラブコメになりその最後がアフレコ台本で終わるのも、『幕末太陽傳』のラスト、そして川島の積極的逃避哲学から庵野が影響を受けた結果であるという。

セットを破壊した跡に「現代」を見せる演出がどういう効果を持つのか、これは『幕末太陽傳』と『田園に死す』の作品性格でだいぶ変わってしまうかもな、という気もします。もともと実験色の強い『田園〜』と違って『幕末〜』のほうは、割とお笑い的(後に「オレたちひょうきん族」や「とんねるずのみなさんのおかげです」で見られるような)な印象になっていたかも知れませんが。
ともあれ、主役のフランキー堺のほか、昨年亡くなった南田洋子の色っぽい女郎や、顔や胴の肉付きがほっそりしていた頃の小林旭岡田真澄のイケメン姿を見ることもできてなかなか楽しめました。ふつう、家で映画を見るときは1時間くらい経ったところで一服入れないとダメなんですが、今回は一度も休憩せずに見られました。