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京都国立博物館で長谷川等伯展

国立博物館といえば、昨年10月に『日蓮と法華の名宝』展を見に行った記憶も残っており、同時代の本阿弥光悦と並んで長谷川等伯も熱心な法華教徒だったこともその頃知った。今回の展覧会でも、先の『日蓮と法華の名宝』展で見かけた三十番神像や、鬼子母神、十羅刹女などの絵を見ることができた。
長谷川等伯は石川県・七尾の出身。信春を名乗っていた初期の作品には宗教的な題材が目立つ。日蓮をはじめとした法華僧侶の肖像、達磨(ぎょろりとした目が劇画風)など、変わりどころでは中国の仙女・西王母漢の武帝に仙術を授けたという逸話があるらしい)など。
解説によれば「花鳥図屏風」などの金碧障壁画は、狩野派の影響を受けた作品らしい。豊臣秀吉の嫡男・鶴松を弔うために等伯が制作を請け負って祥雲寺に寄進し、現在は智積院に残っているとのこと。その他の作品では「楓図」や「松に秋草」など。鮮やかな色使いがいかにも桃山時代風に感じられた。
金碧障壁画については以下に引用文。

金碧障壁画は、金箔地に群青・緑青・白緑そして朱や濃墨などを用いた、濃彩色の障壁画(襖や貼り付け壁、屏風などに描かれた絵)で、狩野永徳によって新しい画法が創造された。書院造の障壁画として、有名な二条城の二の丸殿舍や西本願寺の対面所がある。正面床の間の、貼り付壁や付け書院、違棚の小襖や間仕切りとしての襖、長押の上の壁面などをすべて構成要素として利用した、雄大で華麗なパノラマ金碧障壁画が描かれている。
襖 - Wikipedia

また、同じく昨年、本法寺で見た大きな「佛涅槃図」も展示されていたが、建物の高さに限界があったせいか、天井近くから掛けられた涅槃図は中程で折れ曲がってしまい、下半分は斜め前方にせり出した形の展示になっていた。これはちょっと残念。ちなみに、この「佛涅槃図」には、等伯の息子・久蔵をはじめ、亡くなった一族の人々を追悼する意味が込められているらしい。また、本法寺は生家の菩提寺の本山とのこと(本法寺には等伯の立像がある)。
金碧障壁画ではないが、金箔をあしらった「波濤図」が良かった。雲を表した金色の地に、波や岩を墨で勢いよく描いている。
晩年の等伯は、水墨画に傾倒するようになったとのこと。ふわふわした体毛が印象的な「竹林猿猴図」や、カラスとサギを扱った「烏鷺図」などは、中国の牧谿もっけい)に影響を受けたものであるが、自然の厳しさを表現する牧谿に対して、等伯は親しみやすさに重点を置いていたらしい。
本展の目玉は「松林屏風図」。輪郭をぼかして描いた松林が辺り一帯に立ちこめる霧を表しており、ひんやりとした空気感を醸している。
この日は、烏丸五条から博物館のある七条まで歩いて行った。高瀬川のほとり(正面通)や鴨川沿い、そして博物館の敷地など、至るところで桜の花を楽しむことができた。桜の見頃も今週までかな。