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自閉症かどうかはさておいて。

最近、ネットでときどき自閉症アスペルガー症候群に関する記述を読んだりする。その記述、というかそうした症状の人の傾向を読んでいると「ひょっとして俺も?」と思わないでもない。数年前にドナ・ウィリアムズ著『自閉症だったわたしへ』を読んだときもそんな気がうっすらしたのだが、周囲を見渡してみると自分なんかよりずっとその傾向が強そうな人はいるもので、ちょっと本にであったくらいで自分がそうなのかと考えるのは一種の思い過ごしなんだろうと思っていた。
今日も、まあそんな感じの日なのかも知れないが。
福本修のホームページ
というサイトではウィトゲンシュタイン自閉症(あるいはアスペルガー症候群)的傾向について書かれている。何というか、他人との接し方が分からないというか、他人への興味の向け方が分からないというか、そういう所は自分にもあるなと思う。実生活での人付き合いだけでなく、ブログであれTwitterであれ、多くの人がぼくの十倍も百倍も精力的にコミュニケーションをとっていく様を見ていてありゃなんなのだろうな、と思ったりもする。出会ったその日に友達になれたりするタイプの人もいれば、五年かかっても十年かかってもまともな会話が成り立たない人もいる。ぼくはやはり後者なのであり、それは性格によるものだといえばそうなんだろうけれど、その前提として他者への関心の向け方が致命的にずれまくっているのかな、と思わないでもない。
そういえば、子供の頃からぼくは友達と一緒にあそぶよりは、自分の部屋で本を読んだりするのが好きな方だった。しかし、それが単に内向的かと言えば、そうでもなく、思い返してみるとやはり他人との接点を見つけるのが非常に苦手だったんじゃないかなと思う。その背景には、親の特殊な教育方針(ほとんどテレビ番組を見せない、家にマンガや遊び用具を置かない等々)が多分に影響していたのは間違いないけれど、じゃあ同じ環境で育った妹はどうして社交的になったのかと考えれば、やはりそれだけが理由という訳でもなさそうだし、よく分からない。