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芬陀院・雪舟寺

京阪東福寺駅から南へ10分ほど歩いたところにある東福寺内のお寺。毎年この季節になると何だか恋しくなって訪れる。東福寺といえば通天橋から見る紅葉を目当てにどっと観光客が押し寄せるスポット、はじめから人混みに巻き込まれることは分かっているので、ここ数年ぼくはそこを最初からスルーして雪舟寺だけをターゲットにしている。

今日は日曜日なのに人の気配が少ない。

雪舟寺といえば、この丸窓ですね。丸窓のある四畳半くらいの小さな部屋に座っていると、何とも言えぬ心地よさが味わえる。外からの肌寒い空気が遠慮なく入ってくる場所であるが、そのひんやりした感触もまたよし。日没間際になるとかなり寂しい雰囲気になるんだろうな。
それにしても、何で窓が丸なんだろう。四角だとありきたりだから丸なのかな。禅的な深い意味が隠されているのかも知れないがそのあたりは良く分からない。丸く刳り抜かれた窓から見える景色は人為的にトリムされたものだと理解できる。それをカメラのファインダーから確認する時も然り。しかし、よく考えてみれば、ぼくたち自身のもつ「視界」というのもまた、ある意味「トリムされた」ものではないのだろうか、無限に広がる世界を無意識のうちに、視界という形で切り取って見ている。そういったことをたまに考えてみるのも良いことだ。とはいえ、視界の外に広がる世界というものをぼくたちは見ることができない。かのウィトゲンシュタインも言っているではないか。「我々は、思考しえぬものを思考することはできない。したがって我々は、思考しえぬものを語ることもできない」と(『論理哲学論考』より)。

・・・なあんてちょっぴり哲学的なことを考えたりもするんだが。
それはさておき、紅葉もそろそろ見納めになるんじゃないかという時期。雪舟寺の南隣にある荘厳院前のカエデが非常に映える赤色をしていたので思わずバシャバシャとカメラのシャッターを切った。

なんだか名残惜しいなあ。

では、また来年、この時期に。