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京都御所・相国寺

京都御所

今日は珍しく早起きしたので、久しぶりに外を散歩してみようかと御苑まで行ってみたのだが、そこで今月初旬の御所一般公開を改めて気付かされた。家から御苑までは歩いて10分くらいの距離にあるものの、あまりに近すぎてほとんど立ち寄ることもなかったな。というわけで一旦家に戻ってから再び御苑の方へ向かった次第である。

参拝(とは言わないな、拝観でもないか)受付を済ませて、御所へ入る人たち。入場は無料です。

日華門前。ここを通って紫宸殿の前に出ます。

天皇・皇后の御座(みくら)が配置された紫宸殿はとくに人が多いように感じた。当然ながら誰もがカメラ持参です。こういう時、写真になるべく他人の姿が入らないように場所やタイミングを狙って撮るか、あるいは人の多さは仕方ないとあきらめて傍観者スタイルで撮るか、どちらか決めた方がいいと思いますね。中途半端はいけません。ちなみにぼくは後者でいきました。

御殿の壮麗さも良いですが、庭園の美しさもなかなかのものです。上の写真は紫宸殿の北東にある御池庭。この庭園が一般公開される期間は非常に短いのは非常にもったいない。とはいえ、今年は天皇陛下即位20周年ということで例年より公開エリアが広くなったようだが。→京都御所特別公開 - 宮内庁

こちらは御常御殿(明治天皇が東京に移るまで過ごした所)の東にある御内庭。もみじがようやく色づきかけた頃。

相国寺

御苑の蛤御門から出て烏丸今出川を北上。せんだってと同じく同志社大学の構内で軽く食事を済ませてから、烏丸通の東側にある相国寺へ。ここの敷地もかなり広い。

ええと、ここではろくな写真が撮れていないです。
まずは法堂へ。天井に描かれた通称「鳴きの龍」は素朴ながら味わい深いものだった。また本尊の釈迦如来像(運慶作とのこと)の脇には、足利義満、大権修利菩薩(閻魔大王のような出で立ち)、達磨大師、開山夢窓国師、その他相国寺ゆかりの禅師などが、大きな像で据えられていたのが印象的だった。
つぎは方丈。ここの印象は微妙だったなあ・・・。法華観音図というのが見どころになっているようだが、この観音様はよく見ると毛髪のような非常に細い筆で書かれたお経の連なりでできているんですね。絵のようでありながら実は文字の集合体。これは凄い!と褒めるべきなのかも知れないけれど細かい文字や文様がびっしりと連なっているデザインって、もともとぼくは生理的にダメなんですよね。この観音図も部屋の奥に飾られているのを遠目にみるだけならいいものを、わざわざ縁側近くに拡大図を立てかけてあったりするものだから「ああ、こういうの見ると全身にじんましんが出るんです、ほな失礼!」ってな感じでそそくさと退出。
それから敷地の北側にある承天閣美術館へ。

この美術館では山口安次郎による能装束展を開催していた。山口さんは明治生まれで今年105歳を迎えるお方なのだとか。館内では能とかその筋に詳しそうなご婦人たちが職員の案内を熱心に聞き入っていた。ここは素人がひょっこり入るべき所じゃないのかも知れない。能・狂言などの知識が充分に備わっていればこそ楽しめる、ということはさておいても、藍染めや草木染めの地に花や文様をあしらった装束の数々は非常に美しい物だった。
相国寺を建てたのが足利義満で、その寵愛を受けた世阿弥が興した能楽、たしか同志社大学の近くに能楽堂を見かけた気もする。何かつながりが見えてきそうな気はしているのだが・・・。
展示されている装束の脇に能舞台の写真もあった。能の演目は「紫の上」と「野宮」。これは源氏物語に登場する六条御息所の生き霊が中心となる物語とのこと。嫉妬の鬼と化して怒り狂うこの女性については、たしか日曜の朝に部屋で流しているNHK-FMの「能楽鑑賞」で解説を聞いた覚えがあるのだが、いつもベッドの中でぼんやりと「観世流謡曲の何とかをお送りします、シテは誰それ、ワキは誰それ、地謡は誰それ」というアナウンサーの言葉を聞き流しているだけなのでよく分からない。まあ、それはそうとして能が分かるようになったらもう一人前ですな。