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『教養としての日本宗教事件史』

昨日買った本。

教養としての日本宗教事件史 (河出ブックス)

教養としての日本宗教事件史 (河出ブックス)

大和時代の仏教伝来から現代に至るまで、日本における宗教の流れをまとめた本です。24の章ごとに「大仏開眼という国際的イベントと環境破壊」や「日蓮の真の敵は空海だった」などの取っつきやすい(中には「釣り?」と思える大袈裟なものもあるが)タイトルを付けているので、なかなか面白く読むことができた。
その中でもぼくが面白く感じたのは11章「キリシタンは日本をキリスト教化する可能性を持っていたのか」のあたり。
著者は、朝鮮半島(仏教が国家に弾圧されて衰退した)やフィリピン(中国やインドの影響を受けなかった)と対比しながら、日本において現代までキリスト教が普及しなかったのは神道と仏教が習合するかたちで人々の中に浸透していたからであり、そのために朝鮮半島やフィリピンのような「宗教的な空白」が生まれなかったからだと説明しています。
その背景には、やはり江戸時代のキリシタン禁制や寺請制度の確立があるのだけれど、そういったものが現代に至るまで強い影響を及ぼしていると考えれば徳川幕府の力はものすごかったんだなあと思える。
16章「宗教的原理主義の先駆けとしての明治政府」で明治維新と(イランの)イスラム革命を重ねているところも面白い。ぼくなんかは国家神道の確立した経緯もイスラム教の歴史もよく分かっていないので、そうそう、そういえば島崎藤村『夜明け前』の青山半蔵もいわば原理主義者だよなあと単純に納得してしまう面もある。ただ、日本の場合は廃仏毀釈のような過激なムーブメントは短期的に収束する一方で、いわゆる国家神道は「宗教にあらず」といった形で巧妙に国民の中に浸透していった経緯もあり、神道ではなく仏教サイドから国柱会のような国家主義的宗教団体が勃興したりするわけで、このあたりも興味深いですな。